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場外乱闘、もあり。

50代中小企業崖っぷちのオヤジです。昨年体調を崩し長期入院。カラダもギリギリ。土俵際、俵に足の親指1本からの逆転を目指します!!

記憶は食べ物と共に

暮らし


J・ジョイスの『ユリシーズ』と共に20世紀を代表する小説とされているプルーストの『失われた時を求めて』もドストエフスキーと同じくこれまでの人生で何度も途中で挫折を余儀なくされた長編小説です。一生かかっても読むべく小説と称えられております。ドストエフスキーをひととおり読み終えてから取りかかるつもりですが、はたして残りの人生で間に合うのかどうか...。(^^;

 

それはそれとして『失われた時を求めて』の冒頭に“マドレーヌの味がきっかけに幼少時の頃を想いだす”という有名なシーンがありますが、私にとってのママレードは、今夜は鯨肉です。(^^;

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世代的に小学校の低学年の給食のおかずにごく普通に提供されておりました。家での食事でも好きなおかずでした。コレ、日本の文化だとおもうのですが。

土日働いたので、本日は早く帰宅しました..。。
そんな鯨肉が罐詰にされたモノを長崎にて購入、さっそく長崎県松浦の地酒と共にいただきました。

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ううううううう~なぜ食べ物と共に幼少時の記憶が読み帰ってくるのでしょうか。古いセピア色に焼けたフィルムを見るように幼稚園での運動会を想いだしました。
仕事で来れないハズのオヤジを徒歩競争の途中で見かけて気をとられ、それまでトップで走っていたにもかかわらず、結局3位に終わった悔しさの感情までクジラさんが運んでくれました。

この大和煮はタレが濃い目なのでどっぷりつけることなくに口に運びます。舌の上で辛口の日本酒とほどよく混じり合い極上の気分です。不思議な味です。魚でもないし、牛や豚肉とも感触が異なる。ううう、病みつきになりそうです。


なぜ食べ物と共に幼少時の記憶が揺り起こされるのか...なんとなくわかってきました。
それは、自分は自分の食した食材で出来ているから...ではないか、とおもった秋を感じさせる夜..現在進行形です。(^^;