場外乱闘、もあり。

50代中小企業崖っぷちのオヤジです。2015年体調を崩し長期入院。カラダもギリギリ。土俵際、俵に足の親指1本からの逆転を目指します!!

儲かる業界、その逆の..業種。

利益を生みやすい業界とその真逆という2つの構造で成り立っているのが世の中です。一般人にとって最も身近であり、また目立つのが「命」を頂点とするピラミッド構造の業界、医者(コレもピンキリだがそれはここでは触れません)看護師、薬、とにかく値切られない。返品がない。そこから派生して保険、冠婚葬祭、コレもまた返品や値切り要請がない(お祝いの席値切るヒトいません、葬儀もしかり)そして明確なカタチがない。

 

消えてなくなるモノいわゆる消耗品も利益率が良い。主なモノは食べ物。ラーメン屋、カレー屋の新規オープンが絶えないのはそのためでしょう。

 

その逆、まあ少し私の職種と関連あるのですがHC(ホームセンター)とかそういう関連、,コレダメです。もう徹頭徹尾レッドオーシャン。パートならいいけど、正社員の年収なんて可愛そうなくらいです。クレーム客も少なくないし。利益を優良顧客に振り分けられる原資は、全てコレらの処理に消えていきます。なんとか盛り上げようとしていますが。この方法がまたお寒い。

 

要は特殊な資格の要らない、参入障壁のない業界で頭数さえ揃えればOKの業界はやめましょう。

 

 

ところが、ここからがヒトの面白いところです。利益率のいい羨ましい業界に身を置いていても、なぜか不幸せな人がいます。さえない業界に身を置いていてもそこがコンフォートゾーンになって、幸せを感じている人も近くにいます。この時期、西日が刺さりまくり敷物の変色が激しい昭和なアパートに住まざるを得ない状況でも、それで大満足みたいです。もうマヒしている…のか。

私なら抜け出そうともがきますが……

 

ヒトって実に様々です。

 

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ひと夏の命,懸命に生きるセミ

一度限りの人生、好きに生きたい!!!

先立つモノは必要だ。

父子帰省の成れの果てのソロ帰省

この夏は「父子帰省」なる言葉が頻繁に飛び交いました。しかし、こんなの今に始まったことではありません。それどころかウチは数年前から、父(すなわち私)のみのソロ帰省が常態化しております。まあ私の実家まで住まいからクルマで1時間弱なのでいつでも伺うことができるということもあるのですが…

 

ニュース番組が欲しがるターミナル駅での典型的帰省絵巻…お父さんがインタビューで「親に孫の顔を見せて、ゆっくりしてきます…」的な画とは我が家は程遠い状況です。

 

上の娘は嫁ぎ、下の娘は友達と旅行、妻はパートといながら本心は行きたくない。というか仏壇のない家庭に育った妻は、お盆といってもご先祖さまがどうのこうのという感覚がありません。

 

まあ時代の流れには抗えません。私もソロの方が気兼ねなしにゆっくりとできるので最近は、何も言いません。妻も一人だけの時間を持ちたいでしょうから。

 

もっとも変化したのは、私の両親の方です。男が一人で帰ってくるのはおかしい💢嫁と子供も連れて顔を見せにくるものだ、と2年ほど前までは息巻いていたのですが、昨年あたりから何も言わなくなりました。コレはコレでなんとなく手応えがなく寂しい気がするのですが。

 

まあ、なんとか私の代までは仏壇は守っていく覚悟ですので、といいながら大好きだったおじいちゃんの姿を思い浮かべながら、仏壇に線香をあげ手を合わすのでした。

 

う~ん、弟のところは子供いないし、将来的には最終的には墓じまいということになるのだろうか。

 

ボッ~と生きていても考えなければならないことはヤマほどあります。^^;

 

身体メンタルいたって健康、お金もあって、仲間に恵まれ...

とうとう近所に住む娘さんが訪れても「誰だったかな?」と言うまでに認知症が進行してしまった実家近くに住むYおばちゃん。パンやらお菓子を作ることが大好きで、食べ盛りの頃は私も弟もよくいただいたものだった。今はご主人と2人暮らしでその相方だけはなんとか認識できているようだ。私が誰だがわからなくなったことにショックを受けたのが昨年の春先だったような気がする。

 

コレって本人はどういった世界を生きているのだろうか。華やかな若かりし頃の思い出は、記憶にあるのだろうか。

 

驚くべきことは、その健康状態だ。ご主人曰く、全く悪いところが無く、一粒の薬も飲む必要がない、とのこと。血圧も見事なまでの正常値、膝の痛みもなく、骨粗鬆症の心配も皆無。コレもご主人曰く「悪いには脳みそだけですわ(認知症)」

 

身体が健康だから外に出たがる。それをさせないために特殊な鍵を家中に付けたり、身も心も奥さんの介護に費やしているご主人の方が壊れないか心配になる。一人が健康体であるうちは公の施設に入れないとのこと。

 

生きていくって……大変だ……… 。

 

お金はその価値がしかと実感できるうちに使っておきたい。メンタル身体共に健康体である残量が砂時計のように目に見えたらいいのに……。メンタル身体共に超優等生でありながら、カネに苦心する人の多いこと多いこと。人生の中庸って難しいものです。

結婚式で(嫁ぐ娘からみた)父母の格差

微かな余韻がまだ残っています。週末は上の娘の結婚式でした。周囲からは「大泣き間違いなし、だなあ」と冷やかされておりました。確かに最後のそれぞれの両親への手紙では鼻の奥がツーンとなることがあり、微かに涙しました。シナリオにあるのですよね、必ず子供の頃の思い出話に持っていき郷愁を誘いながら旅立つ娘に想いを馳せるように誘導する。まあ、そこではグッときましたが…。

 

それより感じたのは、妻(母親)と私への感謝メッセージの差です。私の場合は、前出の内容でサラッと撫でて終わりましたが、妻(母親)には、まあ~私の10倍ほどの感謝の言葉を連打するすること。なに!!この差、まるで母の日と父の日の格差そのものではありませんか!!!!💢

 

感じ取りました、母親と娘という特別な関係はさておいて、この差は毎日命を繋いでいるご飯を作ってくれているか、否かの差ではないかと。

 

思い当たる節があります。私が福岡で単身赴任中に体調を壊し入院する羽目になった5年前、決して忘れることができないのは、仲間からの高額過ぎるお見舞いでも、家族のお見舞いでもありません。(ゴメンね)

退院後、食事制限がついて廻る私に一度メシを食いに来いと誘っていただいた、お得意先の幹部の方の手料理、これが今思い出しても思わず手を合わせてしまうほど感激した思い出であります。単身だった私は不器用なこともあり料理もロクなモノができません。かといって外食に頼っていると塩分が厳しい。

 

そんな折、自ら単身赴任であるNさんの手料理、それは見事なモノでした。ちりめんじゃこで出汁をとったスープに、塩分系をカットしたにもかかわらず味が損なわれていないカレー、サラダ類、あとつまみ類は忘れてしまいましたが、私のコンデションのことをしっかり考えてくれた大変手間暇のかかる料理お数々。味が表現できる画像があればインスタに上げたいぐらいです。(インスタやっていませんが…^^:)

もともと絵を描かれたり、陶芸を嗜むことが道楽のNさん,作る過程が楽しいと,カッコよすぎです。

 

まさに手料理一発で、100回お会いしたのと同じぐらいの親密度ボルテージは間違いありません。

 

となると、娘からの妻に対する感謝の言葉が重いのは当然ですね。全てのベースは「食」なのです!!

 

ところで前回の記事で書いた

<「笑うかどには福来る」 あれだけ満たされた笑顔で生きていると文字通りいい話が舞い込んで来るのだろう、M君、素晴らしくいい循環に突入したのかもしれない、重ね重ねおめでとう!!!!

 

これを地で行ったのが全英女子オープン⛳️優勝の渋野日向子選手、世界中が笑顔の虜になりました。プロデビューしたばかりの無名の東洋人があれだけギャラリーを味方につけることができたのは、まさに笑顔の効用!!!!

 

娘夫婦には、笑顔の絶えない家庭を気づいていって欲しいモノです。(コレがなかなかできんけどね…笑)

 

カネは喜びか? ハイ、喜びです。

 

ライバルであるE社のM君と久しぶりに共通のお客様のパーキングで会った。ライバルと周りは言うが、規模自体ウチの数倍あり、かつ機動力も伴っており、私はライバルなんておこがましいと思っている。

 

M君、いつもと様子が異なる。満面の笑み、ピンと来たので直球を投げてみた。「令和初の夏ボー、たんまりだっただろう、その様子だと?」答えは、イエス、ひと回り年齢も離れておりそれが返って話しやすいのか、元々私とは妙なミエや偏見なしで会話が成り立っている。

 

しかし、人の心の充溢というものは、ああいうふうに底から湧き上がる笑みをもたらすのかと改めて思った。

 

半期の区切りが2月と8月とのことなので、昨年の9月から今年の1月までの成績が良かったという評価らしい。その期間の時間を仕事に捧げ、その結果が認めて貰えそれが報酬として返って来た。しかも自分も予想通りの金額だったのだろう。誰もが自分が可愛い、よって自らは高評価しがちである、だが会社という母艦は常にそれの8掛けか7掛けの評価があれば、まだマシな方だと思うのだが。今回のM君の場合は、100%

希望通りだったと推察できる。まあ~無いよ、そんなこと。認められたことの嬉しさ。また半年間邁進するモチベーションが発火したね。

 

 

カネは何をもたらすか、選択の自由だろう。よくカネだけが全てでは無い、というが、それは人との接触が皆無である世捨て人があえて言えることであって、どこかで人との交わりが生じる社会で生きている以上はそうはいかない。大なり小なり摩擦が生じる、心のどこかに残滓が生じる。そんな時カネがあれば、世の中のほとんどのことが解決できる。仕切り直し、無かったことにできる。白紙の戻せる、ご破算で願いましては、だ。

 

また一歩自由に近づいたね、M君。おめでとう。

 

「笑うかどには福来る」 あれだけ満たされた笑顔で生きていると文字通りいい話が舞い込んで来るのだろう、M君、素晴らしくいい循環に突入したのかもしれない、重ね重ねおめでとう!!!!

 

で、ウチの令和一発目の夏ボーは…………イマイチだなあ~~( ;´Д`) 改めて、ライバルなんておこがましいって!!!!おめでとうM君、キミの勝ちだ。カネは喜びだよな。

 

 

決して差別というわけではないのだが。

お得先であるG社A部署にこの春から外国人女性の方が配属された。顔を合わせたことはない、このA部署はこちらの本業ではあまり関与しておらずそう懇意にしている部署ではない。今回新たな案件で接触するので、担当者の方に挨拶&打ち合わせをしたくアポ取り目的で連絡を入れていた。

 

 

その担当者のケータイに連絡を入れればそれで済むのだが、まだ名刺も交換していない状態なのでそうするわけにもいかない。

 

 

この女性、こちらが取り次いで欲しい担当者が外出していて不在なのか、社内にいるが席を外しているのかの区別の表現がよくわからない。伝言を頼んでも相手から連絡は無い。やり取りすること数回,こちらもイライラしてきた。「別の人(日本人)に変わってくれませんか」とも言えず、仕方なくこちらから連絡するからケータイナンバーを教えて欲しいと伝えました。その時のナンバー数字の読み方から数年前DELLコンピュターのカスタマーサービスでの外国人女性とのやり取りを思い出してしまいました。

 

 

とにかく言葉が通じず、ヒト同士のコミニュケーションにならない、「しばらくお待ちくださ~い」の一辺倒。制御できないテープレコーダーのようにこれを繰り返すだけ。スマホのスピーカーからよく飲み屋さんにいた東南アジア系の女性の甘ったるい香水が匂ってきそうです。「オイオイ、コラ!!とにかく日本人に変われ!!!●XX🌟%&$##!!**|~?><VX$$♭(←差別発言、私もまだ若かったか……)とにかくパソコンがトラブり仕事にならない焦りから口走ってしまったという苦い思い出です。

 

 

結局、担当者と連絡が取れ翌日G社で打ち合わせをすることができました。帰りがけに名刺交換が済んだばかりの担当者に告げました。「あの業務に外国の方おられますよね、ちょっと挨拶したいのですが…」

これからも何回か電話を通して接触するかもしれません、一度でも顔を合わせているのといないのでは印象が親密度が天と地ほど違うことはこれまでの経験でわかっています。

 

 

「外国の……ああYですね、ちょっと呼んできますね……」

〝………Yか、名前の感じからして、中国の方ではないかな、シンガポールとかかな……〟

 

 

 

「コンニチハ、イツモオセワニナリマス、Yです」

 

目の前に現れたのはローラでした。「Y ですが、彼女フランス人なんです」

「あ、⚪︎○です、よろしくお願いします。Yさん日本語お上手ですね….(オイオイ、イラついてたの誰やねん)」

 

 

とにかく、顔が、顔が小さい、私の1/2ぐらいか、足、足が長い、170cmぐらい、サラサラ金髪。

 

 

百聞は一見にしかず。直に人に会うって大事です。あと、自分の中に勝手なイメージで相手を判断してしまうことの怖さ。身に沁みました。^^;