立ち止まって、そっと手を合わせた。
5年前の3月11日 私は名古屋の事務所で仕事をしていました。
雑居ビルの2F
キーボードを叩きながら、若干の眠気と闘っていたあの時刻、
突如、下から蹴飛ばされたように突きあがってしまいました。
それから体当たりされたような横揺れ。
何がなんだかわからないまま
ラックから飛び出しそうになるプリンターを押さえるのに必死でした。
公園のボートで立ちあがったまま思いっきり揺らされているような感覚。
自分がめまいを起こしたのかとも思ってしまいました。
時間の感覚がつかめません。
なんとか手を伸ばし、TVのリモコンをオン.......。
『たった今、強い地震があったようです...』とのアナウンス..。
あの揺れと阪神大震災の3週間後に現地入りしたときの
自衛隊が散布する消毒薬と燃えカスが入り混じった臭いは
生涯忘れることはないでしょう。
今日のその時刻
博多駅構内にいた私は、方角の見当をつけ足をとめました。
そして合掌。
通り過ぎるヒトの何人が気づいてくれたでしょうか。
なにのための祈りかを。
やはり福岡は、あの揺れをカラダで体験していないだけに、
意識はかすかに薄いかな、と感じました。
1月17日と3月11日
祈ることしかできませんが、たとえどこにいようが
その時刻にはそっと手を合わせたいおもいます。
生きている限り、生かされている限り。